鈴木彩艶は正GKになった。だが、筆者の見立てが当たったからではない

鈴木彩艶が正GKの座に就くまでの経緯。8月16日にマルティネスのユベントス移籍が破談。8月23日の開幕戦はビゾが先発。8月30日にマルティネスがチェルシーへ移籍し、翌8月31日に鈴木がプレミアデビューした。
座は、争って奪われたのではない。前日に空いた。 日付は各社報道による。図は筆者作成

前半25分だった。アーセナルのセットプレーから、デクラン・ライスがヘディングで合わせる。鈴木彩艶は片手で、これを上へ弾き出した。

Sky Sports の試合レポートによれば、このときヴィラ・パークのスタンドは「世界一のGK」と歌ったという。長くエミリアーノ・マルティネスに向けられてきた歌である。

その前日、マルティネスはチェルシーへ移っていた。

何が起きたか

8月31日、プレミアリーグ第2節。アストン・ヴィラ 0-1 アーセナル。

鈴木彩艶は先発してフル出場し、日本人ゴールキーパーとして初めてプレミアリーグのピッチに立った。 日本人選手としては史上20人目である。

失点は1点。59分、カラフィオーリの低いクロスをサカが押し込んだ。 GKの届く場所ではない。

そして、この試合でヴィラが放った枠内シュートは0本だった。

まず、筆者の前提が外れた

8月23日、筆者はこう書いた。

⑤ 9月2日までに、マルティネスが動くか

これは本稿の前提そのものが外れる条件である。 動いた場合、「残留を前提に読むのが最も自然」という筆者の判断が誤りだったことになる。その時は、誤りとして書く。

誤りだった。

8月30日、マルティネスはチェルシーへ完全移籍した。移籍金は£7.5m(約16億円)、契約は3年である。

問題は、外し方だ。筆者は「どこへ行くか」を一つずつ潰して、「動かない」と結論した。 ユベントスは破談し、代役にヴィカリオを獲った。トッテナムの報道は根拠が弱い。だから残る、と。

行き先を潰しても、退団は潰せない。 実際に開いたのは、筆者が検討すらしていなかった扉だった。

もう一つ。ヴィラはこの夏、ユベントスの£8.5m(約18億円)を「安い」として断っている。 2週間後に売った額は、それより£1m(約2億円)低い。

結論は当たった。だが、当てた道筋は違う

8月23日の記事の結論は、こうだった。

筆者の見立てでは、鈴木彩艶が正GKに座る可能性は高い。

第2節で先発した。結論としては当たっている。

ただし、そこに至る根拠は3つ挙げてあった。一つずつ照合する。

① 65億円は控えに払う額ではない — 開幕戦でビゾが立った時点で、この根拠は一度崩れている。今回も回復していない。枠が動いたのは金額のせいではなく、前任者が出ていったからだ。

② 監督が「今のために獲った」と明言している — 生きている。エメリの言葉は取り消されていない。

③ マルティネス本人が、今も出たがっている — これが効いた。

そしてここが、この記事でいちばん書きにくい部分になる。

筆者は③を根拠に挙げながら、記事全体の前提を「マルティネスは残る」に置いていた。 前提と根拠が逆を向いていたのに、それを矛盾として扱わなかった。それどころか、こう書いている。

マルティネスが残ったことは、この見立てを弱めない。

残らなかったから、見立てが通ったのである。

当たったのは結論だけだ。筆者が「効く」と考えた道筋のうち、実際に効いたのは、自分で前提から外していた一本だった。

前回の予告のほうは、当たっている

8月24日の記事は、この試合を検証の場に指定していた。

① 8月31日、ホームでアーセナル戦

ここで鈴木が立てば「合流間もなかっただけ」という説明が裏づけられる。ビゾが続けば、話は変わる。

立った。 開幕戦でビゾが選ばれた理由を「合流から4日だったため」と読んだ推測は、この試合で支持された。

同じ記事で「3番手に落ちた」と読むのは早いとも書いた。こちらも保った。

現地の採点が、5と7に割れている

日本語の各紙は揃っている。「好セーブ披露」「配球力発揮」「躍動」。論調に食い違いがない。

英語圏は割れた。

評価
Sky Sports(試合レポート)好意的。両足の配球はチームの武器になりそうだと書いている
Yahoo Sports(採点)10点満点で5。 足元が良くなかった、と
同(別の採点記事)10点満点で7。 配球が目を引いた、と

同じ90分を見て、5と7が並んでいる。

低いほうの根拠は数字だった。ロングボール14本のうち、通ったのは4本。

「14本中4本」を、どう読むか

28.6%である。前回の記事で使ったパルマ時代のロングパス成功率は37.9%だったから、9ポイント低い。

だが、この比較は成立しない。母数が14しかないからだ。

14本のロングボールのうち成功が3本なら21.4%、4本なら28.6%、5本なら35.7%、6本なら42.9%。実際は4本で28.6%。パルマ時代の平均37.9%は5本と6本のあいだにある。
成功が1本増えるだけで7.1ポイント動く。1試合の成功率は、指標として機能しない。図は筆者作成。

3本なら21.4%、5本なら35.7%、6本なら42.9%。 5本通っていれば、パルマ時代とほぼ同じ数字になっていた。1本の差である。

加えて、提供元が違う。パルマ時代の値は Squawka の集計で、今回の14本は英国メディアの試合採点に書かれた数字だ。「ロングパス」と「long balls」が同じ定義だという保証はない。同じ表には置けない。

この数字から、鈴木の配球が悪かったとも良かったとも言えない。

ただし、本数のほうは動いている

言えることが一つだけある。蹴った本数だ。

パルマでは90分あたり21.1本だった。この日は14本である。前回の記事は、この項目をこう予告していた。

ポゼッション53.5%のヴィラなら、マルティネスの23.1本に近づくはずだ。

方向としては合っている。 ただし理由が予告どおりとは限らない。この試合のヴィラは、前半のポゼッションが3割強しかなかった。 パルマの平均43.7%より低い。

ボールを持てていないのに、長い球は減った。 ポゼッションで説明できない以上、残るのは「エメリがそう蹴らせている」という読みだが、1試合では読みでしかない。

飛び出しは、1回だけ確認できた

前回の記事は、鈴木の平均スイープ位置(ゴールから30.3m)がマルティネス(21.9m)より8.4m深いことを扱い、ヴィラの最終ラインが上がるかを検証項目に置いた。

この日、後半44分に鈴木はペナルティエリアを飛び出し、背後へのボールをヘディングでクリアしている。

1回である。 平均スイープ位置は、1試合の1回からは出ない。この項目は、まだ何も判定できていない。

「好セーブ2本」の中身

見出しになった好守は2つある。25分のライスのヘディングと、75分のハフェルツとの1対1だ。

後者について、ゲキサカとサッカーダイジェストはどちらもオフサイドフラッグが上がっていたと書いている。 記録上のセーブとして残らない可能性がある。

ただし、旗が上がっていることを鈴木がその瞬間に知っていたわけではない。 プレーの質と、記録に残るかどうかは別の話だ。ここは分けて扱う。

書いておきたいのは一点だけである。「好セーブ2本」という見出しの中身は、公開されている集計と一致しないことがある。

本当の問題は、鈴木の後ろにはない

ここまで全部、GKの話をしてきた。だが、この2試合でヴィラが落とした勝点6の理由は、そこにない。

アストン・ヴィラの開幕2試合。第1節ブライトン戦は0-4で敗れシュート6本のうち枠内0本。第2節アーセナル戦は0-1で敗れシュート7本のうち枠内0本。2003-04シーズン以降で2チーム目。
2試合で13本撃って、GKに届いた球が1本もない。数値は Opta の集計を報じた記事による。図は筆者作成。

開幕2試合で枠内シュート0本。 Opta によれば、これは2003-04シーズン以降で2チーム目である(もう1つは2017-18のスウォンジー)。

理由は夏にある。ヴィラはこの3か月で、ワトキンス(アル・ヒラル、£50m)、コンサ(£55m)、ロジャーズ、ティーレマンス、ディーニュ、そしてマルティネスを失った。Sky Sports によれば、スカッド保持率65.6%はプレミアリーグで最も低い。

5月にフライブルクを3-0で下し、44年ぶりの欧州タイトルを獲ったチームである。

そして、コンサを£55mで買ったのは、この日の対戦相手だった。

GKが何本止めても、前が0本では勝点は入らない。 65億円はゴールを守る側に払われた。2試合で足りなかったのは、そこではない。

次に何を見れば答えが出るか

① マルティネスとの序列争いは、もう検証できない

前回の記事はこう書いていた。

③ そして、マルティネスが戻ってから

ここが本丸である。

その日は来ない。 万全のW杯優勝GKと競って勝てるかという問いは、移籍によって消滅した。 2本の記事が立てた最大の問いが、答えの出ないまま閉じたことになる。

② ロングボールの本数と成功率は、5試合たまってから見る

1試合の28.6%には意味がない。 上の図が示したとおりである。本数のほうが先に読めるようになるはずだ。

③ 短いパスが1試合20本を超えるか

前回の検証項目だが、今回は判定できなかった。 総パス数の公開値を取れていない。次節以降に持ち越す。

④ ヴィラが枠内シュートを撃つか

鈴木の記事でありながら、いちばん重い項目がこれになった。 撃てないままなら、GKが誰であっても結果は変わらない。


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