冨安の縦パスが、鎌田を解き放つ

クリスタル・パレスのユニフォームでボールを運ぶ鎌田大地
2025年8月、フレドリクスタッド戦でボールを持つ鎌田大地。 撮影 MichaelEmilio / CC BY 4.0(Wikimedia Commons)

開幕前に最も多く見かける言説がこれだ。だが「日本人が2人いる」以上の中身を伴った説明は、ほとんど見当たらない。

結論から言えば、この言説には根拠がある。 ただし、世間が語っている理由とは違う。国籍の話でも、守備が固くなるという話でもない。

鍵は、鎌田大地がこの2年で別の選手になっていたことにある。

鎌田の「0ゴール」を、正しく読む

まず昨季の数字を見てほしい。

項目2025-26 プレミアリーグ
出場28試合
出場時間1,910分
ゴール0
アシスト0
シュート19本(枠内4本/精度21.05%)

「28試合0ゴール0アシスト」だけを見れば不振に見える。実際、そう報じられてきた。

だがシュート数を出場時間で割ると、まったく別のものが見えてくる。

19本 ÷ 1,910分 × 90 = 90分あたり0.9本

攻撃的MFなら通常1.5〜2.5本は撃つ。0.9本は、そもそも撃つ位置にいない選手の数字だ。

フランクフルトで2桁得点を記録した選手が、シュートを撃たなくなった。これは決定力の問題ではない。役割が変わったのだ。

裏づけもある。彼はECL決勝でフル出場して1ゴール1アシストを記録し、現地から「中盤のメトロノーム」と評された。得点者ではなく、配球者としての評価である。

0ゴールは不振の証拠ではない。役割変更の証拠だ。

だとすれば、彼の出来は「誰が届けるか」で決まる

ここから先は筆者の解釈になる。

鎌田は近年、アンカー的に攻撃を司る役割へ移っている。 バックラインからボールを受け、配球し、チームの攻撃を牽引する。0.9本という数字は、その役割変更を裏側から証明している。

そして、この役割には構造上の弱点がある。

自分で持ち上がって局面を解決する選手ではなくなった以上、彼の質は「後方から届くボールの質」に直結する。 苦しい体勢で受ければ、できるのは横パスだけになる。前を向いて受けられれば、そこから攻撃が動き出す。

つまり昨季の停滞は、鎌田だけの問題ではなかった可能性がある。

そこに、縦パスを刺せる冨安が来た

単に守れるCBが加わったのではない。鎌田が最も必要としている種類のボールを出せる選手が、彼の背後に立つ。

そしてこれは期待や願望ではない。同じ布陣で、すでに一度起きている。

W杯の、あの4分間

2026年W杯の日本代表も3-4-2-1だった。チュニジア戦の3バックは板倉滉・伊藤洋輝・冨安健洋。ブラジル戦では冨安が3バック、鎌田がボランチで先発している。パレスとほぼ同じ配置で、2人は既に共存していた。

そのチュニジア戦、日本のW杯史上最速となる開始4分の得点は、こう生まれた。

GK鈴木彩艶がロングキックを選ばず冨安につける → 冨安の縦パス鎌田がフリック → 上田綺世が浮き球で中央へ → 田中碧が受けて左へ展開 → 中村敬斗のグラウンダークロスを鎌田がバックヒールで流し込む

チュニジア戦開始4分の得点シーケンスを示したピッチ図。GK鈴木から冨安、鎌田のフリック、上田、田中、中村を経て、前線へ走った鎌田が決めるまでの7手。
チュニジア戦、開始4分。青が冨安と鎌田。点線は鎌田がフリック後にゴール前へ走った動きを示す。図は報道された得点経過をもとに筆者が作成した。

起点は冨安の縦パス。それを引き出したのも、決めたのも鎌田。

注目すべきは最初の一手だ。GKはロングキックを選ばなかった。 前線に蹴って五分の競り合いにするのではなく、冨安に預けることを選んでいる。

これは冨安が**「逃げ道」ではなく「前進の手段」**として扱われていることを意味する。そして、その縦パスの受け手として最初に反応したのが鎌田だった。

この一連は、偶然の産物ではない。 配球者へ変わった鎌田と、前進のパスを持つCB。役割の噛み合わせが、4分という速度で結果になった。

鎌田はこの試合を含め2試合連続で得点している。日本人としては2002年の稲本潤一以来である。

1本のパスで断定はできない。 だが「同じ布陣で、この関係が実際に機能した」という事実は、開幕前に手にできる材料として十分に重い。

配置も、これを後押しする

パレスはオリバー・グラスナーが退任し、ピエール・サージュ(前RCランス、その前リヨン)が3年契約で就任した。基本布陣は 3-4-2-1 のまま継承されている。

この布陣ではウイングバックが高い位置を取るため、その背後に空くチャンネル(CBとSBの間)を外側のCBが単独でカバーする。つまり外側のCBには、実質的にサイドバックの守備が要求される。

冨安の適性はここに合致する。CBが本職でありながら、ボローニャとアーセナルで右SBを主戦場としてきた。CBとSBを高い水準で兼ねる選手は希少だ。

左については、彼が両足を扱えるとされ、実際に左SBもこなしてきたことが後押しになる。ただし現地は彼をのCBと見ている。ここは開幕後に確認するしかない。

なお、サージュは「3バックの監督」ではない。 リヨンでは 4-3-3 を用い、ランスで 3-4-3 を採用したのはそのクラブが以前から使っていた型に合わせたためである。既存の枠組みに適応するタイプであり、パレスの3-4-2-1継承も同じ性質と見るべきだ。適応する監督である以上、状況次第で動かす可能性も残る。

ただし、条件が一つある

ここまでの話には前提がある。冨安がピッチに立つことだ。

日本語メディアは「3バックの一角でスタメン奪取を狙う」と書く。だが現地分析(8月18日時点)は「序列はかなり下」「『新しいネイサン・クライン』のような右CB」と評している。クラインはパレスでベテランの控えとして時間を過ごした選手であり、これは**「経験豊富な二番手」**を意味する。

理由は2つある。

① CBは足りていない、わけではない

マルク・グエイ(マンチェスター・シティ、£20m)とマクサンス・ラクロワ(チェルシー、£52m)が抜けたのは事実だ。だが「穴が空いたから冨安が入る」という単純な話ではない。

選手状況
ジェイディー・カンボ2025年9月加入。1年目に36試合。グエイ退団後はレギュラー
クリス・リチャーズ残った主軸
チャディ・リアド£12.5mでベティスから。負傷続きだったが2026年初頭に復帰
オスカル・ミンゲサ両サイドとCBをこなす万能型(今夏、無償で加入)

冨安の前に、すでに4人いる。 そして冨安自身も無償移籍であり、クラブは移籍金を公表していない。

② 稼働率への不信

時期内容
ボローニャ期ハムストリングの負傷(2019年、2020年)
2023年2月膝。シーズン全休
2024-25ふくらはぎ
2024-25 プレシーズン膝の負傷。これがアーセナルとの契約解除につながる
2025年12月アヤックスへ無償で加入
2025-26 後半9試合出場(リーグ7、欧州プレーオフ2)

「序列は下」という評価は、彼のプレーへの評価ではない。「計算が立たない」という評価だ。

そして、ここが重要な点である。彼が出られたときに何ができるかについて、日本語メディアと現地に争いはない。 割れているのは「どれだけ出られるか」だけだ。

結論

「日本人コンビでパレスが変わる」——この言説は、結論ではなく理由を間違えている。

変わるとすれば、それは日本人が2人いるからではない。配球者へ変わった鎌田と、前進のパスを出せる冨安。この役割の噛み合わせがあるからだ。 そしてその噛み合わせは、W杯で一度、4分という速度で証明されている。

鎌田の0.9本は、彼が撃つ選手をやめて配る選手になった証拠だった。配る選手には、良い形でボールを届ける相棒が要る。 パレスはこの夏、その条件を満たす選手を無償で手に入れた。

残る変数は、質ではなく回数だ。

セルハースト・パークで、あの縦パスが何回出るか。 開幕後に見るべきは、そこである。

開幕後、何を見れば答えが出るか

① 冨安がボールを持ったとき、縦パスが出るか

本稿の中核。W杯で見せた「前進の手段としての冨安」がクラブでも再現されるか。横パスばかりになるなら、求められている役割が違うということだ。

② 鎌田のシュート数は0.9本のままか

増えれば役割が前に戻ったということ。変わらなければ配球者として固定されたということで、①の重要性がさらに増す。

③ 出た場合、左か右か

左なら本稿の読みは当たり。右ならリチャーズ、カンボとの並びが主題に変わる。

④ そもそも出場機会がどれだけあるか

ここが崩れると、①〜③を観測する機会自体が失われる。

このどれかが外れたとき、それが次の記事になる。


データについて

鎌田の数字は FootyStats の公開値による(28試合/1,910分/シュート19本/枠内4本/精度21.05%)。Flashscore はシュート数を3本としており両者に食い違いがあったが、枠内4本と精度21.05%が内部で整合する FootyStats を採用した。

移籍情報は各報道機関およびクラブ公式発表、W杯の得点経過は報道に基づく。冨安の負傷歴と出場記録は公開されている経歴情報による。

役割と数字の解釈、および冨安と鎌田の関係についての見立ては筆者のものであり、報道された事実ではない。 3バック内での起用位置についても、報道で明示されていないため断定を避けた。