ハルの完封は10人で作った。ヴィラの完封は、鈴木彩艶がひとりで作っている
88分だった。モハメド=アリ・チョが低いシュートを放つ。鈴木彩艶はこれを止め、こぼれ球も自分の腕の中に収めた。
MKMスタジアムは0-0のまま終わる。鈴木にとって、プレミアリーグで初めてのクリーンシートである。
そして、この日ヴィラの選手がシュートをブロックした回数は、0である。
まず、何が起きたか
9月5日、プレミアリーグ第3節。ハル・シティ 0-0 アストン・ヴィラ。
鈴木は2試合連続で先発し、90分を守り切った。ヴィラは開幕3試合目にして今季初勝点を得たが、得点は3試合連続で0のままである。
数字だけ見れば、一方的な試合に見える。ヴィラの支配率は73.5%。 パスは683本を回して613本通し、ハルは229本しか蹴っていない。
日本語の見出しは揃った。「プレミア初の無失点」「好セーブ&ロングキック」「日本人GK初の完封」。
だが、この完封には別の読み方がある
7割ボールを持っていたのだから、無失点は当たり前ではないか。
これは意地悪な問いではない。GKの完封は、ふつうチーム全体の結果として読まれる。 前を向いてボールを持ち続けていれば、自陣で守る時間は減る。守る時間が減れば、失点しない。「GKが立っていただけの90分」だった可能性を、先に潰しておく必要がある。
潰す材料は、同じ試合の中にある。
ハルは、2割6分しか持たずに枠内へ4本撃っている
ハルのシュートは11本。そのうち4本が枠内に飛んでいる。
支配率26.5%の側が枠内に4本というのは、押し込まれたチームの数字として少なくない。しかも1本はクロスバーに当たっている。 60分すぎ、モハメド・ベルーミの巻いたシュートだった。
鈴木が止めた場面は、記録に残っているだけで4つある。37分にベルーミのミドルを正面で、38分にリーガン・スレイターのシュートを、そして88分にチョの低い一撃を。32分にはコーナーキックをパンチングで外へ出している。
枠内4本、セーブ4本。この試合、鈴木の後ろにボールは1回も入っていない。
ヴィラの選手は、その4本を1本もブロックしていない
ここが、この記事のいちばん硬い数字である。
ハルの11本のうち、ヴィラの選手がブロックしたのは0本だった。
つまり、枠に飛んできた球は、味方の足や体に触れることなく、全部そのままGKまで届いている。 間に誰も入っていない。11本の内訳は、枠外7本、ブロック0本、枠内4本である。
同じ試合の、反対側を見る。
ヴィラの13本のうち、ハルの選手が5本をブロックしている。 枠外が7本。GKのコンスタンティノス・ツォラキスが触ったのは、残る1本だけだった。
枠外の本数は、両チームとも7本で同じである。 分かれたのは、その先だ。片方は5本を体で止め、片方は1本も止めていない。
危険だったのは、むしろツォラキスの側である
ここで一度、鈴木に不利な数字を出す。
この試合、鈴木が浴びたxGは0.58しかない。 11本で割ると1本あたり0.05である。ハルのシュートは遠目からのものが多く、決定機と呼べる質ではなかった。
対してツォラキスが背負ったxGは1.74。 ヴィラはボックス内で10本撃ち、ボックス内のタッチは24回あった。危険度は3倍違う。
だから、こういう言い方ができる。ツォラキスのほうが難しい90分を過ごし、そして彼のセーブは1本だった。 ハルの完封は、GKの前で完結している。5本のブロックと、16本のインターセプトと、外し続けたヴィラの7本によって作られた。
ヴィラの完封には、その層がない。 危険は小さかった。だがその小さい危険は、減らされないまま全部GKに届いた。
同じ90分に、完封が2つ並んでいる。片方は10人が作り、もう片方はひとりが作っている。
ただし、ブロック0を手柄の裏返しとして読むことはできない
ブロックが0だったのは、ヴィラの守備が悪かったからとは限らない。
遠くから撃たれれば、間に体を入れる場面自体が生まれない。xGが1本0.05しかないという事実は、「遠かった」ことの傍証でもある。 ヴィラが寄せなかったのか、ハルがそもそも遠くからしか撃てなかったのか、この1試合の数字では切り分けられない。
言えるのは、経路の話だけである。 この日、ヴィラのゴールを守る仕事は、途中で誰にも分担されず、最後の1人のところへ集まった。そして4本とも止まった。
前回「好セーブ2本」を疑ったことに、答えが出ている
9月1日の記事で、筆者はアーセナル戦の見出しを疑った。ハフェルツとの1対1にオフサイドの旗が上がっていたことを挙げて、こう書いている。
「好セーブ2本」という見出しの中身は、公開されている集計と一致しないことがある。
集計が出た。
FotMobの通算は、プレミア2試合でセーブ5、失点1、セーブ率83.3%。 この試合が4セーブだから、アーセナル戦で記録に残ったセーブは1本になる。 被枠内シュートも2本、うち1本が失点である。
見出しは2本と書き、集計は1本と数えた。
ただし、この引き算には条件が付く。 「4」はSofascoreとGiveMeSport、「通算5」はFotMobで、提供元が違う。 同じ集計の中での引き算になっていない。FotMobのアーセナル戦単体の値が取れれば確定するが、今回は取れていない。 断定の一歩手前で止めておく。
現地の採点は、前回のように割れていない
前回は5と7が並んだ。今回は揃っている。
| 媒体 | 採点 |
|---|---|
| Sofascore | 7.7(チーム2位。1位はリンデロフの7.8) |
| FotMob | 7.6 |
| The 4th Official | 7.5(チーム最高) |
| Read Aston Villa | 7 |
| Villa News | 7 |
Read Aston Villa は「今夏に加入したGKによる、またしても落ち着いたパフォーマンスだった」と書いている。Villa News は「素晴らしい補強になったように見える」である。
日本語メディアの語彙は、3試合とも動いていない。 「好セーブ」「配球力発揮」。前回のアーセナル戦の見出しと、ほとんど同じ言葉が並んでいる。 現地の採点は5から7.5へ動いたのに、こちらは動いていない。褒め言葉が固定されていると、良かった日と悪かった日の区別がつかなくなる。
前回いちばん重いと書いた項目にも、答えが出た
9月1日の記事は、4つのチェックポイントの最後にこう置いた。
④ ヴィラが枠内シュートを撃つか
鈴木の記事でありながら、いちばん重い項目がこれになった。
撃った。1本である。
13分、18歳のジョージ・ヘミングスのシュートをツォラキスが足で止めた。これが、ヴィラの今季初の枠内シュートだった。 開幕から3試合目、通算26本目のことである。
開幕3試合の通算は、26本撃って枠内1本、xG 2.4、得点0。 この試合のxG 1.74は今季最高で、位置は良くなっている。だが枠に行っていない。 5本はブロックされ、7本は枠を外れた。
そしてヴィラは、開幕3試合無得点を2シーズン続けた史上2チーム目になった。もう1つはイプスウィッチの1969-70と1970-71で、56年ぶりである。プレミアリーグに限れば初めての記録になる。
エメリはこの試合がヴィラ通算200試合目だった。試合後、「決め切れなかった。非常に良い決定機が4つあった」と話している。
結論
この日の完封は、鈴木彩艶の数字として読んでいい。
理由は3つある。枠内に4本来て、4本とも止めた。 そのうち1本もチームメイトに減らしてもらっていない。そして同じ試合で、3倍危険な状況を背負った相手のGKは、1本しか触っていない。
同時に、大きく見せてはいけない。 浴びたxGは0.58しかなく、彼が止めたのは決定機ではなかった。ブロック0を、ヴィラの守備が働かなかった証拠として読むこともできない。
筆者の見立てはこうである。 この90分は、鈴木の能力を測った試合ではない。測ったのは、ヴィラというチームで、守備の仕事がどこに集まるかという配置のほうだ。 この日それは、最後の1人のところに集まった。
そしてもう一方の端では、26本撃って枠に1本しか行っていない。
何を見れば答えが出るか
① ブロック0が続くかどうか
1試合では読めない。 相手が遠くから撃っただけかもしれない。次のノッティンガム・フォレスト戦で、ヴィラのブロック数と被xGを並べて見る。 両方が上がるなら「寄せている」、被xGだけ上がってブロックが0のままなら、この日の形が続いていることになる。
② ロングボールは、やはり5試合たまってから
前回置いた項目は、まだ2試合しかない。 FotMobの通算は試行23本前後・成功13本・56.5%。90分あたり11.5本前後で、パルマ時代の21.1本の半分近い。 だが提供元も定義も違う。前回「同じ表には置けない」と書いた条件は、何も変わっていない。
③ 短いパスの本数は、まだ確定できない
通算から逆算すると1試合21本前後になるが、これは丸められた百分率から戻した推定であり、±1〜2本ぶれる。 試合単体のパス総数が公開されている媒体を、まだ見つけられていない。推定値は書かない。
④ セーブ率83.3%は、まだ何も意味しない
2試合で被枠内6本である。1本入るかどうかで、この数字は十数ポイント動く。 前回ロングボールの成功率について書いたのと、まったく同じ話になる。
データについて
- 試合の事実(日付・スコア・会場・観客24,425人・主審):Sky Sports、Opta Analyst、FotMob、GiveMeSport の公開値による。
- チームスタッツ:シュート13対11、枠内1対4、xG 1.74対0.58、支配率73.5%は Opta Analyst と Sofascore による。FOX Sports だけがシュート11対10、枠内2対4、xG 1.59対0.69としており、採らなかった。 理由は2つで、①他の4サイト(Opta、Sofascore、FotMob、GiveMeSport)が13対11で一致していること、②Sports Mole がヴィラの開幕3試合を「26本・枠内1本」と集計しており、前2試合の13本にこの試合の13本を足すと26本、枠内も0+0+1で1本と、通算で計算が合うこと。 FOXの値を採ると、この通算と合わなくなる。
- 枠内1本という値は、GKのセーブ数とも整合する。 Sofascore はツォラキスをセーブ1としている。枠内2本ならセーブは2になるはずで、そうなっていない。
- xGはFotMobが1.93対0.57としており、Opta・Sofascore の1.74対0.58と食い違う。本稿はOptaの値を採り、差があることをここに記す。
- ヴィラのブロック0本:FOX Sports が「ブロック 0」、GiveMeSport が「ブロックされたシュート ハル0」と記しており、別々の2社が同じ結論になっている。 ハルのブロック5本は Sofascore と GiveMeSport、FOX は6本としている。本稿は5本を採った。
- インターセプト16対4は Sofascore の値。 FOXは17対1としており、こちらも食い違う。本稿は「16本」とだけ書き、対比の数字としては使っていない。
- 鈴木の個人数値(セーブ4、被枠内4、ハイボール処理1):Sofascore および GiveMeSport による。採点は Sofascore 7.7、FotMob 7.6、The 4th Official 7.5、Read Aston Villa 7、Villa News 7。
- アーセナル戦のセーブ1本は、FotMobの通算(2試合・セーブ5・失点1・セーブ率83.3%)からこの試合の4を引いた値である。 「4」の出典は Sofascore と GiveMeSport で、提供元をまたいだ引き算になっている。 本稿が断定を避けているのはこのためで、FotMobのアーセナル戦単体の値は確認できていない。
- 90分あたり11.5本と1試合21本前後は、いずれも筆者の計算による推定値である。 FotMobの成功パス53本・成功率81.5%、ロングボール成功13本・成功率56.5%から試行数を逆算しており、丸めの影響を受ける。本文で断定していないのはこのためである。
- 記録(開幕3試合無得点の2季連続はイプスウィッチ1969-70/1970-71以来2チーム目、昇格組の開幕3試合連続完封は3チーム目):Opta Analyst と Sports Mole による。
- エメリのコメントは Sky Sports。同じ会見について Yahoo Sports は「5つ前後の決定機」と報じており、Skyの「4つ」と食い違う。 本稿はSkyの表記を引いた。訳は筆者。
- 試合中の場面(32分のパンチング、37分・38分・88分のセーブ、52分のロングフィード):ゲキサカとフットボールチャンネルの試合レポートによる。 ゲキサカは88分の場面を「後半44分」と表記している。
- ハルのMF守田英正はベンチ外。 BBCが内転筋またはそけい部の問題で2〜3週間の離脱と報じたことを、日本語各紙が伝えている。BBCの原文は本稿の環境では開けなかったため、日本語媒体経由の情報である。
- Express & Star と Read Aston Villa の採点記事は、本稿の環境では開けなかった(403)。Read Aston Villa の採点と講評は、フットボールチャンネルが引用した文言による。
- 「守備の仕事がどこに集まるか」という読みは筆者の見立てである。 ブロック0本が守備の質を表すのか、相手のシュート位置を表すのかは、この1試合の数字では切り分けられない。
- 前回(鈴木彩艶は正GKになった)の④に答えが出た形になるが、①のマルティネスとの序列については、依然として検証できないままである。